内省の海

持病との付き合いや日々思うことをつらつらと

告知の夜

液晶に表示された番号を確認し、大きく深呼吸してから通話ボタンを押した。

 

「▇▇さんのお電話でお間違いないでしょうか」

 

穏やかな女性の声だった。

 

「本日受診されたSH外来の検査結果について、お伝えしたいことがあります」

 

やっぱりそうか……

覚悟を決めて、次の言葉を待つ。

 

「検査の結果、▇▇さんはHIV陽性の疑いがあります」

 

ほぼ確信していたにもかかわらず、その言葉の与える衝撃は想像以上だった。

突然、胃の中に石でも入れられたように下腹がずんと重くなる。

言葉を発することができず沈黙していると、女性が続けた。

 

「そこで近日中──可能なら明日にでもご来院いただけますか」

 

そうなると2日連続の遅刻だな……

会社は迷惑するだろうな……

と、この期に及んで仕事の心配をしている自分に頭の中で失笑しつつも、こんな不安な状態は一日でも先延ばしにしたくなかった。

明日の来院で了承すると、女性から午前10時の枠を予約したと案内された。朝一だとまだ結果が出ていないそうだ。

また陽性だった場合、追加検査に3~4時間ほどを要し、さらに費用として1~2万円がかかることが併せて伝えられた。 

必要事項を伝達した女性から通話を終えようとする気配を察知し、僕は慌てて詰め寄るようにして尋ねた。

 

「あの──これってもうほぼ陽性ってことですよね?」

 

「今の段階ではまだ確定ではありません。明朝の検査で最終的な判定が行われます」

  

「でも──もう間違いないと思います。このところずっと体調も悪かったし、症状にも心当たりが多すぎて……」

 

訊かれてもいないのに僕はここ数か月の間、自分の身にあった体調不良について語り出した。

なにか話していないと、とても正気を保てそうになかった。

そうした患者の振る舞いにも慣れっこなのだろう。

支離滅裂な僕の話を一度も遮ることなく、女性は最後まで聞いてくれた。

 

ついに話すことがなくなり「それでは……」と女性が切り出したところで、いよいよ彼女との通話が終わった。

電話を切るやいなや強い孤独感に襲われて、話を聞いてくれそうな友人に片っ端から電話をかけた。

 

HIV陽性になったみたい」

 

突然の告白に友人は一様に驚いた様子だったが、みんなが口を揃えて「一次検査ならまだ陽性と決まったわけじゃない」と励ましてくれた。

だけどそんな励ましの言葉すら僕には虚ろに響いた。

最後の友人と話し終える頃にはもう11時近くになっており、さすがにそんな時間の電話を迷惑に感じない相手も思い浮かばなかった。

少しでも休もうとベッドに入るも眠気はまったく訪れない。

諦めてノートパソコンを開きブラウザを立ち上げると、検索ワードを叩きこんだ。

入力したワードは「HIV 偽陽性

もう腹を括ったほうが楽だろうに、それでもわずかな可能性に縋ろうとしている自分が滑稽だった。

その後も様々なHIV関連のサイトやブログを読み漁り、夜もだいぶ更けてきた頃、絶望することにも疲れたのかようやく浅い眠りにつくことができた。